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財団法人 淡水無極天元宮の沿革 はじめに
淡水無極天元宮は台北県淡水鎮水源里に鎮座しております。古くは水梘頭と呼ばれたこの場所は、淡水市街地からおよそ5キロ、大屯山のふもとの丘に佇んでおり、山を背に、海を望み、自然の地形に恵まれております。当宮前の「無極天元玄門山麒鎮座」に入り、駐車場と梅型の五竜池を通し、二十一階段を登ってから、すぐ天聖門に入ります。又、竜辺大道に向ってまっすぐ行くと、真元天壇が手前に現れ、広い視野でとても荘厳で美しいのです。九竜神路沿いの階段を登り、広場を通し、すぐ真元天壇に入れます。非常に勢いで威勢な聖山という風貌です。当宮の総面積はおよそ5ヘクタールに及びますが、この地は元来荒野の山林でした。長年に亘る開墾と建設を経て、現在のような花や緑に囲まれた聖地に生まれ変わったのです。特に春の桜の季節を迎えると、当地を訪れる人々がお参りついでに桜を愛で楽しむ光景が見られます。宗教信仰と人文の素養が目に見えない形で結びつくのみならず、観光やレジャーとも相まって、この地を訪れた人々にとって、人間と神様との距離が一気に縮まったことを感じるでしょう。そして、信仰というものが生活の中に根付いていることを知るのです。歴代の幹事をはじめ、当宮の管理に従事してきた方々の尽力により、2008年3月、当地は「天山聖域」の名を賜ったのです。
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建宮沿革
当宮の創建は、1971年(辛亥)にさかのぼります。淡水港務局の数人の同僚たちが宿舎で食事をしていたところ、そのうちの一人、黄阿寬氏を通じてふいに「八八天命」の聖示が下りました。そこで、黄阿寬、汪萬葵、楊玉英、楊清標、李克熙、高玉霞、何振源、王諸回の8人が当宮創建準備の幹事となり、奉献の精神を以って高徳を広め、道教文化を高揚させ、かつ「以道為宗」を宗旨として、聖示にあるとおりの三宮(天元、真元、聚元)建立の使命を果たすべく、着々と創建計画を進めていったのです。ただ、当初は創建費用も皆無の状態でありました。これついても「天命あるところ必ずや道は開ける、その道は民にあり」との聖示があり、また「天元宮は道場であり、新しい信仰の場である。決して世間にあるような廟と同じようにしてはならぬ」とのお告げもありました。現在に至るまでこの聖示は頑ななまでに守られています。
当宮の建設が始まる前、聖示により井戸が掘られることとなりました。この井戸は神々から賜ったものとされ、その水質は飴のごとく甘く、その名を「八八龍池井」と呼ばれております。さらに、再びの聖示により、大屯山から切り出した神木によって無極聖祖聖尊が彫られ、真元天壇壹樓大殿に祀られました。今日でも、無極聖祖聖尊を参拝する人々の波は絶えることはありません。
1971年(辛亥)、聖示によって現在の三峽にある十八洞天が建立され、毎年旧暦12月18日には、当宮および天元道脈に縁ある人々はこぞって十八洞天へと出掛け、参拝をすることにしています。
当宮建立の経過
創建当時、当宮が現在ある場所は荒れ果て、人家もない寂しいところでした。しかし、当宮が創建されるという噂が伝わると、各方面で善行を施す賢人や民衆が次々の創建を手伝うと名乗りを挙げたのです。こうして資金も労力も順当に集まったため、わずか57日間で当宮の基礎部分が出来あがってしまいました。これは、聖示にあった「天命あるところ必ずや道は開ける、その道は民にあり」が証明されたことになります。そして1972年(壬子)11月22日、当宮は開山したのです。当宮で奉るのは玉皇大天尊玄靈高上帝、先天至聖無極聖祖、彌勒、三皇聖尊(天皇、地皇、人皇)太白星君、南海観世音菩薩、孚佑帝君呂仙祖などの神々です。
また、当宮には現世で善行を施すことを願う信徒たちが次々に加わり、民衆のために立ち働いています。毎週日曜日には信仰を学ぶ場が設けられ、全国各地からその教えを学ぼうという人々で当宮はあふれかえります。
当宮が完全な組織として成立したのは1977年のことでした。台北県政府に対し、「財団法人」としての登記申請を行い、同時に理事会を設立。理事会による管理運営と発展を目指すこととしました。これは淡水地区における初の財団法人宗教団体となります。
聖示にのっとり、当宮理事会や当宮を信仰する人々は1985年、第二宮の創建に取りかかりました。民衆の協力もあり、着手から6年あまりの1992年(壬申)、工事は完成し「無極真元天壇」と名付けられました。その後、同年10月10日には開眼式が行われ、同時に天元宮が鎮座したことを記念する祭りも同時に実施されました。
真元天壇は高さ200メートル、直径は18メートルで五層からなる建築で、外観は荘厳にして華やか。各階ごとに神聖なる教えを体現した装飾が施されています。
2000年末、「聚元宮」創建のための土地が購入され、「聚元宮」建設が進められました。2002年6月6日、聚元三聖殿と五老台の建立に着手、10月10日に完成しています。2008年には、信者からの寄付による「天山石」と「麒麟石」が当宮の大門入口に置かれました。その名を「無極天元玄門山麒鎮座」と呼ばれ、当宮のシンボルとなっています。
将来の計画
当宮は開山創建からすでに38年を数えました。毎週日曜日には、教えを授けるべく、学びの場を設けると同時に、集った人々が縁を結ぶ場となるよう、精進料理の昼餉を無料で提供しています。そのほか、毎日曜午前には『白陽真詮』を学ぶ場を設けたり、「無極天元宮講師団」による授業も行っています。
また社会福祉方面においては、淡水地区の中学校や小学校への給食補助、水源里地区の小学校への奨学金提供や救難活動、さらに地方自治体の活動に協力するため、当宮の広場を提供することもあります。宗教の真理を啓蒙し、社会風紀の乱れを正し、人心を浄化し、信仰が国家や社会の精神的支柱なるように、また、各個人や家庭が道徳を持つよう、今後も政府への協力を続けていく予定です。
今後も、当宮理事会および信者は、「忠義、正気、仁愛」の聖示にのっとり、「犠牲奉献、以身作則、心口合一」の精神により、民衆に尽くし、教えを忠実に伝えていくよう努力していきます。
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